建設資材の買付で大連へ出張中、合間をみて日露戦争の激戦地である旅順の203高地へ行ってきました。

東鶏冠山〜203高地へ。
当時の第三軍と同じような経路で203高地の麓まで行き、そこから入場料を払って山頂へ。
テレビや映画での203高地は禿山でしたが、今は樹木が生い茂り当時の面影はナシ。
まあ当時のロシア軍が一本残らず樹木を伐採して禿山にする以前の姿に近づいたのかな。。。
当日は曇り空で山頂から旅順港を見下ろすことは出来なかったことが残念でした。
山頂には当時の残弾を収集して作ったという慰霊塔があり、乃木希典大将の詩が刻まれていたそうですが、文化大革命の時に撤去されてしまったとの事で、これまた残念。


      爾霊山 〈乃木希典

爾霊山は嶮なれども 豈攀じ難からんや
(にれいざんはけんなれども あによじがたからんや)

男子功名 克艱を期す
(だんしこうみょう こっかんをきす)

鐵血山を覆うて 山形改まる
(てっけつやまをおおうて さんけいあらたまる)

萬人齊しく仰ぐ 爾霊山
(ばんじんひとしくあおぐ にれいざん)


日本軍の銃砲火指揮所


203高地を奪取出来なければ、日本海海戦連合艦隊は挟撃に遭い全滅&日ロ戦争敗北なんてことになっていたら、太平洋戦争は無かったかもしれませんが、日本も韓国も赤い国になっていた可能性は大きかったと思います。

ロシア軍の塹壕


乃木大将の次男、乃木保典の殉死地



兎に角、かの地で亡くなった英霊に合掌と敬礼!